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2008-03-15

政治と黄熱病




時事斜断
                       坂本邦雄

黄熱は熱帯アフリカと中南米の風土病で、
通称「国土病」とも呼ばれネッタイシマカ(Aedes Aegypti)
などの蚊に依って媒介される。日常生活に於ける人から人への
感染はない。ネッタイシマカ(ヒトスジシマカ)は、
同じく怖ろしいデング熱のベクトルでもあり、
その繁殖源である水溜り、古タイヤ、空缶、各種容器や
棲息更地の清掃又は除去を徹底すると共に、住宅内でも
同様の注意を怠らない様に 関係当局は一般市民に呼び掛けている。    
しかし、パラグアイ政府は系統的な黄熱病対策があった訳ではなく、
今年ブラジルで2月13日 迄に既に15人が死亡、
又はデング熱などの伝染が各国で広がっている処、
パラグアイでも黄熱の感染者6人が各地で確認され、
死者も出るなどで政府は急遽去る15日に全国に亘り
非常事態宣言を出し、今後90日をかけて予防接種を
励行する事になった。

南米での黄熱病は「野口ワクチン」に依り終息したとされる。
パラグアイでは過去34年間、黄熱病の感染が確認されなかった。
今回は不意を突かれた体で、不足するワクチンはブラジルや
 ペルーなどからの緊急提供を受けた。
しかし、これでも充分ではなく、2月初めに最初の感染者が
確認されてから大衆の間でパニックを引き起こし、
人々は我先に予防接種を受けようとして保健所や医療機関に
殺到したがワクチンの不足に抗議し、アスンシオン市近郊で
道路を封鎖する騒ぎまで生じた。 
 政府は事態の重大性に鑑みて、苦しい予算より300万ドルを
捻出しワクチン200万ドゥシズを 世界保健機関(WHO)の
斡旋に依り購入、先日フランスのパリから貨物機で
待望の荷が到着した。

これで凡そ国民80パーセント強のワクチン接種がカバー
出来ると厚生省は発表、当面の急場が凌げて民衆は安堵した。

ところで身近の話しをすれば、我が家の者達は早々と
予防接種を行ったが、60歳以上は接種を要せず、
もし、どうしてもと云うのであれば予め医者の診断を
受けてからにする様にとの当局の説明である。

それで筆者はワイフと共に行き付けのお医者さんを訪ねて
聞いて見たら、「それはワクチン不足の都合で年寄りは
遠慮する様に厚生省が言っているに過ぎない事で、
何ら心配はない。未だワクチンが有る中に注射して来なさい」と
笑って、“お墨付き”を書いてくれた。

なお、予防接種には暑い中を大勢の人が長蛇の列を成すので、
「日傘とテレレの用意を忘れない様に」と、
冗談交じりのレコメントである。

かくして、その翌日は朝早くから厚生省の医療所の前で
大衆の列に混じって順番を待ったが、
噂の様な混乱や荒立った雰囲気もなく、
案外スムースに接種を済ませた。
この待つ間に種々思い浮かべたのは、
黄熱病や梅毒などの研究で知られる細菌医学の権威、
野口英世博士(1876-1928)の事であった。

野口博士は昔尋常小学校でも教えられた立志伝中の人である。
野口家は福島県の代々貧農の家系であった。
未だ1歳の時に囲炉裏に落ちて左手を大火傷する。
医者に掛かる事が出来ず、母親シカの献身的な看病で治りは
したが指が癒着した儘になった。

幼名を清作と呼んだ野口少年は成績が良くて学校の先生に
認められ高等尋常小学校に進学、
1891年に同級生達の募金に依り、
洋行帰りの渡辺鼎(かなえ)ドクターの下で左手の大手術を受け、
癒着していた指が見事に自由になった。

医術の奇跡で、左手の不具が治った清作少年は深い感銘を受け、
自分も世の為に尽くそうと 奮い立ち、医学を志した。
そして、医学博士(京大)、理学博士(東大、ブラウン大学、
イェール大学)の 学位を授与され、エクアドル政府からは
陸軍軍医監名誉大佐の称号を贈られた。

彼の象徴的な貢献は 黄熱やマラリアの研究にあり、
パナマ運河の建設中(1903-1914)に多数の労働者を
黄熱病又はマラリア熱から救った事で知られる。

しかし、野口英世博士は両三度ノーベル賞の候補に推薦されたが 
受賞するには至らなかった。色んな説もあるが、
当然たる可きノーベル賞授与が成されなかったのは、
日本人野口博士に対する人種偏見があった為だと云われる。

最後は、アフリカで黄熱病の研究中に自分も感染し、
51歳の若さで死亡した。

因みに、南アフリカ出身のアメリカ微生物学者
マックス・タイラー(Max Theiler)は、
黄熱ワクチン開発の功績に依り1951年に
ノーベル医学生理学賞を受賞している。

さて、話しを目下の黄熱病予防接種キャンペーンに戻すと、
折しも次期大統領選に向けての各政党政派の選挙運動が加熱する中、
今回の黄熱病問題は政府の無能無策を攻撃するのに格好な材料に
利用された。

それでなくても豪雨でアスンシオン市の街が氾濫し路面に
大穴ぼこが出来たり、異常渇水に依るパラグアイ河の航行難で
タンカーが入港せず、燃料不足が生じたりしても
ニカノル大統領の責任にされるのである。

単に一例を挙げるだけでも、元司教の
フェルナンド・ルーゴ(左派愛国改造同盟/APC公認候補)は、
現政府のやること為すこと全てが“泥縄式”で、
この度の黄熱病対策も“応急の膏薬貼り”に過ぎず、
大衆の生命を守るには覚束ないなどと、
幾らでもケチを付けるのは簡単である。

赤党コロラド青年部は最近、コロンビア革命軍(FARC)の
ゲリラ野戦服を着た、“FARC大使”と綽名付けた
ルーゴ元司教のモンタージュ・ポスターをアスンシオン市や
地方都市で多数貼り出し、国際ニュースにもなった。

ニカノル・ヅアルテ・フルトス大統領は、
「ルーゴはかってサンペドロ教区の司教だった頃に、
今では解体されたFARC系自由国家党(Patria Libre)の
メンバーを匿(かくま)い支援していたことは知られている。

その顕著な悪行の一つは、ラウル・クバス元大統領の
長女セシリア嬢の残忍なる誘拐殺害事件(2004年)であるが、
ルーゴはセシリア嬢の死も運命で仕方ないと、
冷酷な態度であった。

それが今になって、政府の黄熱病対策を批判し公衆衛生を
憂慮するなど、有権者の人気取りに旨い事を言って歩いているが
全く笑止千万である」と語った。

何れにせよ政界の争いは汚く、ライバル同士のお互いの
アラ探しは日増しにエスカレートする一方である。               




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tag : 2008年3月15日号 政治 黄熱病 パラグアイ

2008-02-29

「こんなことは入植以来初めて!」日系農家大喜び! 大豆収穫始まる




大豆の収穫始まる

原油高騰の煽りと中国の爆発的な穀物輸入等を受けて
世界的な穀物需給が逼迫する中、パラグアイ各地で
大豆収穫が始まった。今やパラグアイの大豆生産量は、
世界でも5本の指に入る程の重要生産国となっている。
パラグアイ穀物生産の牽引力となった各日系移住地でも
大豆の収穫が始まった。

◎ピラポ農協=大豆作付け面積は20000ヘクタールと
なっており、2月末時点では収穫作業に入ったのは未だ
10%程度で3月一杯はかかる見込み。
今年度は比較的天候に恵まれて概ね良好な収穫を見込んでいる。
昨年は1ヘクタール当り3トン弱の収穫あった。(三浦博道参事談)

◎ラパス農協= 大豆作付け面積は12000ヘクタール。
収量はヘクタール当り2、5トン程度予想。
昨年は2、7トンあった。
この1、2月は雨が少なかったが、2月26日、
久しぶりに雨らしい雨が降ってホッとしている。
全体的には移住地の30%程度雨不足。

ひまわりは昨年に比べて100%増えて1200ヘクタールで
約2500トンの収穫があり、既に販売も終わった。
1ヘクタール当り約2トンの収穫。
販売価格は1トン当り500~600$(小西弘之参事談)

◎イグアス農協=収穫作業は始まったばかりで
大豆作付け面積は17000ヘクタール。
収量は1ヘクタール当り3トンを越すのではないかとみている。
昨年は3トン弱だった。
ひまわりは昨年に比べて3倍以上増えている。

非遺伝子組換え大豆は全体の10数%だが、
従来の遺伝子組換え大豆に対抗するより強い雑草が
出て来たりしていることと世界的に食の安全意識が
深まっていること等から今後、非遺伝子組替え大豆が
増えるのではないかとみている。

岐阜県のギアリンクス(株)からはアウロラ品種(非遺伝子組替え)
1000トンの要請があったが、ほぼ、賄える見込み。
(篠藤真喜男参事談)




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2008-02-15

時事斜断 「サンブラスの輝かしい夜明け」




                     坂本邦雄

2月3日はパラグアイの鎮守神サンブラス(San Blas)
の聖日である。その前の2日はカンデラリアの聖燭節
(Candelaria/聖母マリアが受胎告知を受けた2月2日)で、
カトリック教会は恒例の各礼拝ミサを行うのが習わしである。

然し、パラグアイ近代史に刻まれた1989年の2月2日の
夕刻から 翌3日の早暁にかけては、当時パラグアイで何人すら
思いもよらぬ大事件が起きたのである。
つまり、約35年間も非道な原始的圧制政治の下に、
国民を長らく悩ませた思想的にも時代遅れのストロエスネル政権が、
お互いの息子・娘夫婦の親同士(Consuegros)の関係だった
アンドレス・ロドリゲス騎兵中将の率いる反乱軍の決起に依って
意外に脆くも崩壊したのであった。

絶対権力を一身に集めたアルフレド・ストロエスネル大統領に
しては実にアッケない結末では あったが、
この蜂起が長期の内乱にまで発展しなかったのは幸いであった。
それと言うのも、クーデターの舞台となった大統領親衛連隊の
兵隊達の多くが、恰(あたか)も前述の宗教祭の休みに非番で
外出していた処を狙ってチャコ(セリート基地)の
騎兵機械化部隊が出動して襲った為であるが、
それでも200人とも300人以上とも云われる将兵が
(ついぞ公式な発表は無かったが)、激しい銃撃戦で死傷した。
急を知って親衛連隊内の参謀本部に長男グスタボその他と
共に避難したストロエスネル大統領は、そこで戦闘服に
重武装した決死のリノ・オビエド大佐(当時)に降伏を求められ、
最初は一度自宅へ戻り、後はその足で騎兵連隊へ
行くことを望んだが、実際はアンドレス・ロドリゲス将軍が
反乱軍の指揮を執る第一軍団司令部に保護され、
そこで初めてストロエスネルは完全に実権を失った真相を思い知り、   
ロドリゲスの面前で大統領辞任状にサインした。

かくして、ロドリゲス将軍は2月3日早暁、決起軍が放送を
許していた唯一の「ラジオ・プリメロ・デ・マルソ放送局」を
介して、ストロエスネル打倒クーデターの目的を成功裡に
成就した声明を内外に宣言したのであった。

こうして、重苦しくて息が詰まりそうに感じていた
長期独裁政権の悪夢から醒めた多くの国民は、
「サンブラスの輝かしい夜明け」を迎えて、
正に何十年振りかで自由の空気を思う存分に
胸一杯吸い込んだのであった。

パラグアイ国を我が封土の如く思うに任せ、
強権を欲しい儘にして長期に亘り治めて来た
ストロエスネルにして見れば、“飼い犬に手を噛まれた”
思いで甚だ無念の極みだったろうと察せられる。

第一軍団司令部で抑留中、最初ロドリゲスは近隣国では
後々が面倒なので、第一案としてアメリカのマイアミを
亡命先に充てる考えだったらしいが、ストロエスネルは
“イングリッシュが出来ない余を英語圏に
追いやって如何(どう)する積もりだ”と反対したので、
結局は昔からストロエスネルと関係の深かったブラジルが    
選ばれ、クーデターの2日後の5日午後3時半には、
旧パラグアイ航空LAPの特別機でブラジルへ追放された。

磐石の政権の座から滑り落ちた為政者の哀れな末路である。
思うに功罪相半ばするストロエスネル政権ではあったが、
一番の問題はその専横政治の“民衆暗愚化”の下で有意の
後継人材が育たなかった、又は“出る杭は打たれた”事である。
その余りにも長すぎた独裁政権が残した後遺症の影は、
ストロエスネル失脚後のロドリゲス、ワスモシ、クバス、    
ゴンサレス・マキや現ニカノル・フルトスの各歴代政府の
代になっても未だに完全には拭い切れず、惰性的に民主政体へ
移行の“試行錯誤”を続けているのである。

かっては飛ぶ鳥も落とす勢いを誇ったストロエスネル政権が
崩壊してから既に19年の歳月が流れた。
伯国ブラジリア市で長男グスタボ元空軍大佐に付き添われ、
寂しい亡命生活を送っていたストロエスネルは、
夫人ドーニャ・エリヒアの葬儀の際にも帰国は許されず、
一度もパラグアイの地を再び踏む事はなく、
ついに2006年8月16日に老衰で94歳の生涯を終えた。

革命政府の初代大統領を務めたアンドレス・ロドリゲス将軍
(大将に昇進)も、アメリカで1997年に結腸癌の手術の
経過が悪くて死亡した。享年74歳だった。
(一説には、CIAやFBIからパラグアイ麻薬カルテルや密輸団の
首領と睨まれていた為に体よく始末されたものとも云われている)。

今年は閏年(うるうどし)で、パラグアイ新時代の
「輝かしい幕明け」より19年目に当たる。
物識りに依ると過去毎閏年には珍しい事が多く起こっていると云う。
干支では子年で中国の人達は縁起が良いと云う。
となれば来る4月20日の全国総選挙戦では新進の最も信望に
値する次期大統領が選ばれ、8月15日に予定の政権交代では、
これ迄にポスト・ストロエスネルの歴代政府が完遂出来なかった   
懸案の政体改革を、今度こそは成し遂げ得る新民主政権の誕生を
是非とも望みたいものである。




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tag : 2008年2月15日号 政治 ストロエスネル パラグアイ

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